優良ホールを訪ねて・・・その8  2007年8月取材

東京都・津田ホール


津田ホールは、東京・JR総武線・千駄ケ谷駅の目の前の一等地にある。隣に東京体育館、少し離れたところに国立競技場と国立能楽堂がある。スポーツと芸能の観客でごった返すところである。この地は、まさに人間の心を癒し、元気をくれる別天地であるかのようである。
1988年に開場した津田ホールは、音楽の創造を支え続けている。
音響がご専門の山内毅さんがマネージャを努めておられる。その山内さんに民間の運営方針などを伺いました。

Q 日本音響家協会は、20年前は頻繁にお世話になりました。地の利が良く集客にもベストで、会議室もホールもお借りして、様々なイベントを開催させていただきました。民間ですから会場費は少々高額になりましたが、受講者を大勢集め上手に運営していました。
津田ホールは、津田塾さんが経営する施設ですが、津田塾はどのように事業をしていらっしゃるのですか。

山内 その節は、いろいろとご利用いただきましてありがとうございました。
私ども津田ホールの母体は、財団法人津田塾会と申します。その歴史は、1947年(昭和22年)に、母校である津田塾大学の運営を支えることを目的に設立されました。当初は、津田英語会と津田スクール・オヴ・ビズネスの二つの事業から出発しました。現在は、津田国際研修センター、津田日本語教育センターと津田ホール、あわせて5つの事業を行っております。津田ホールは、財団設立の40周年記念として津田スクール・オヴ・ビズネスの学校講堂という形で作られました。蛇足ですが、建築設計が槇文彦氏によるもので、お隣の東京体育館と同じなんです。ステンレスの屋根に共通の特徴が出ています。

Q ホールはクラシック専用ホールですね。20年経って建材も乾き、ますます良い音になっていると思いますが。

山内 はい、ホールは490席のシューボックス型です。この言葉に聞きなれない方もいらっしゃるでしょう。靴箱のように長方形の四角い形をし、プロセニアムもなく、幕類もありません。早い話しが、クラシックコンサート専門ホールというわけです。空席時の残響は1.6秒程度あり、室内楽の演奏に非常に適しています。建築音響は、永田音響設計さんです。響きと音の定位は相反する性格のものですが、津田ホールの場合、この二つの要素が絶妙です。手前味噌ですが、時々よその同規模のクラシック専門ホールで音を聴きますが、「ああ、やっぱりウチはいいなあ・・・」とつくづく思います。

Q いつもポスターを見て、すごく広範囲の催しをやっているなと感心しています。

山内 ホールの性格上、利用できる催物には制限があります。コンサートに関して申し上げれば、クラシックなどの生楽器を主とするものを原則としております。能楽堂さんにも関係がありますが、邦楽でもご利用いただいております。

Q 残響時間の長いコンサートホールなのに、スピーチ物も多いようですが、音響上も巧くやっておられるのでしょうね。

山内 そうですね、もともと学校講堂としての位置付けがありましたのでスピーチ物にも対応できるよう設計段階から考えられていました。残響がある中で、スピーチの明瞭度を確保するのは大変でしたが、2004年の音響機器更新時にラインアレイスピーカを導入し、それまで以上に良くなりました。明瞭度が上がり、ハウリングマージンもアップしました。何よりもFB(ステージモニタ)が格段に良くなりました。更新前は、FBの音はあまり出せませんでした。もともとステージ上の生楽器の微妙な音が、客席にはっきりかつ臨場感を伴って伝わるように建築音響ができています。スピーチなどで電気音響のFBが入ると、その音はステージから残響となって客席に漏れます。つまり演者に音を返したいと思ってFBを大きくすれば、客席側はたちまち明瞭度が落ちます。また、客席に出ている音がステージにも帰ってきて演者も聞き取りにくくなる。FBを上げることによる響きの悪循環ですね。クラシックコンサートホールで扱う電気音響は、とてもシビアなものです。ラインアイレイのお陰で必要最小限のパワーで狙ったエリアだけにサービスできるようになり大変助かっております。

Q スタッフは少人数でやっていると思いますが、一人何役ぐらいやっているのですか。

山内 数えられないくらいです。昨今の指定管理者で、公共ホールの技術スタッフも他の仕事を兼務するところが増えているようですね。津田ホールは、オープン当初より技術スタッフが事務も兼務する形で運営している特殊な運営形態です。ですから、技術スタッフは出向や派遣ではなく正職員です。

Q いつも感心するのですが、貸レコーディングスタジオの技術者もコーヒーを入れたり、請求書を書いたりしながら、キチンと録音している。みなさんは、それ以上に大変なことやっていますね。

山内 私たちがやっているのは、一般のホールで行われているほとんどすべてです。例を挙げますと、電話や来客応対、ブッキング処理、利用料計算、請求、収納、その他事務の雑務。そして空調運転管理の他、営繕的な仕事。主催公演のチケット予約および販売。主催公演時の表方業務。これらを通常の技術的な仕事の合間にやっております。スタッフは、技術として私を含め5人。主催公演を企画制作するプロデューサーは委託で1人、会計担当は契約で1名、計7人です。警備と清掃は別に契約しています。私はこの他に、勤怠管理、予算管理、稼働率管理、修繕計画等の業務が他にあります。津田ホールの考え方は、事務選任を減らし技術スタッフを増やす。その技術スタッフがすべてを運営することです。舞台の仕事は危険ですから技術を減らすことは絶対にできません。ならば技術者を増やし、他の業務を兼務させるという発想で経費削減しております。また、ローテーションで誰もが同じ仕事ができるように配慮しています。これらは、運営上とても良い効果を生み出しています。例えば、技術的なお問い合わせがあっても誰もが即答できます。あるいは下見の連絡があり、それを取次いだ者が施設をご案内し、実際の公演日も担当することで、お問い合わせの段階から責任を持った提案ができるなど、お客様のいつも身近に居る感じがあります。

Q そのような形は、これから公立ホールでも望まれることだと思います。私も職場で、そのように仕向けていますが、お役所仕事に慣れてしまっている職員ばかりで、そこに到達するのは難しいですね。客商売や経営の基本は、そこにあるわけです。公立施設では、良いことでも抵抗勢力が必ずいて、実現させない。そこには、職員個々のプライドとか手柄とか損得ばかりが先行しているからですね。これまでは無駄遣いばかりやってきたが、もうそれはゆるされない。無駄を省くことこそ経営努力です。
民間は、客に合わせて柔軟に対応しなければ経営が成り立たない。柔軟に対応するから、評判が良くなって、次も来る。

山内 まさにそうですね。お陰様で津田ホールは、リピーターが多いです。常連のお客様からは、「いつもここに来るとホッとするねぇ。」といっていただけます。本当にうれしいです。だから、私たちは自分の職場に誇りを持っています。

Q 公共施設に比べて、やりやすいこともあるでしょう。

山内 組織が小さいですから、小回りが利きます。例えば、規定に照らし合わせて考えても問題が解決しないようなケースがあったとします。その場合は、過去の経験から判断して新たな内規を作ることがたまにあります。これも5人の技術スタッフの現場判断で可能ですし、作り上げるまでの期間も短いですから、お客様のニーズに即対応できます。また、職員の異動がありませんから、職員の一体感がありますし、職場に愛着もわきます。

Q 部署ごとの会話がないと、互いに非難合戦になります。できるだけ頻繁に打ち合わせするなどして、会話があると快適な職場になります。その点、必要最小限のスタッフでやっていると、風通しがよくなり、素晴らしい発想も生まれてきますね。

山内 そういえば私たちは、メールで打ち合わせすることが日常です。全員揃うことがめったにありませんから、日常の打ち合わせや申し送りはメールがほとんどです。メモを書いて回覧するより早くて確実です。全員携帯に転送していますから休みの者でもすぐ返事が返ってきます。
話を戻しますが、逆に民間にとってやりにくい点もあります。ご承知のように料金的に民間は不利ですね。勝負という表現は良くありませんが、公共施設のように一桁違う金額までお安くできないところに、太刀打ちできない壁があります。その分、お客様優先の考え方が必要ですし、いつも収支を意識する必要があります。民間は、収支が合わなければ運営していけません。もちろん広報宣伝費という考え方もありますが、津田ホールに関して言えば、独立したひとつの事業ですから、赤字になることは絶対に許されません。

Q しかし公立の場合、使用料は安いが親身になって公演を助けようとしない。スタッフを連れて行かないと成り立たないことが多い。公立は指定管理者制度になって四苦八苦しています。ぶらぶらしている無駄な人間が多過ぎるのですよ。民間ホールには、少数精鋭で本物の人材が揃っていて、知恵を貸してくれる。主催者にとって、どちらが得なのかが問われる時代です。これからは、公立ホールのスタッフは、民間の劇場やホールに行って研修すべきだと思います。

山内  そうですね、民間にはさまざまな英知があると思います。それぞれみなさんが苦労されて努力されていると思います。私事ですが、先日、財団法人地域創造という団体が主催した公共施設事務職員向けのセミナーで、津田ホールの運営の仕方をお話しする機会を頂きました。規模や用途が違いますからすべてそっくり同じようにはできないと思いますが、津田ホールあるいは、他の民間ホール運営の考え方は、これからの公共施設運営の参考になると思います。

Q ホールの経営は、限られた人材と予算の中で、知恵を出さなければうまく行きませんね。どのようなことをモットーとしていますか。

山内 これまで述べたことも含めて、次のようなことを大切にしています。
まず、サービス業であることの自覚です。
これは、特に技術スタッフは、お客様の最前線にいる立場であり、技術を売っているだけではいけないと注意しています。「ありがとうございました。またよろしくお願いします」が言えない技術では困ります。民間の場合は営業必須です。
次に、誰でも同じことができるようにすることです。
少ない人数で回すためには、誰でも同じことができなければなりません。先輩後輩は無関係でローテーションを組みます。
そして、マンネリにならないことです。
特に貸館業務はマンネリになりがちです。このお客様は、今日この本番のために長い間をかけて準備や稽古をしてきたのだから、この一瞬の時間を最高に演出してあげようという、そんな気持ちを忘れないよう心がけております。
その上に、提案をしてあげます。
自分の施設のよりよい使い方を一番よく分かっているのは、自分自身なのですから、積極的に提案をするようにしております。
また、自分たちで修理、修繕、製作をできるものは、自分たちでやるようにしています。
経費削減と技術向上につながります。
その他、これはモットーとはいえませんが、技術スタッフには、積極的に外の仕事もやるように勧めています。他の現場を知ることで見えてくるものが沢山ありますし、津田以外で得られる貴重な技術習得があります。また、業界の発展や後輩の育成にも取り組むよう勧めています。何より、このような苦労を買って出ることでスタッフの質の向上にもつながると思います。

Q それは客商売や経営を考えるときの基本です。前向きですね。これからは、さらにどのようなことを望みますか。

山内 公共ホールの運営は、指定管理者制度によって、さまざまな問題点を浮き彫りにしています。それはある意味とても良いきっかけだと思います。公共ホールは、市民に対してどうあるべきかという根本と経費とのバランスを考えるべきです。ただの箱ではいけない、発信型の施設でなければいけない。しかし経費のことも考える必要がある。つまりアートマネージメントの難しさですね。この厳しい状況が、国あるいは国民全体に理解されれば、補助金などのサポート体制はもっと良い方向にいくのではないでしょうか。そのためには、ホール関係者が、公民問わず、また事務職、技術職問わず、もっと交流の場があってもよいと思います。全国ホール協会が解散して4年が経ちます。公立施設の団体としては公文協がありますが、民間との交流はないと思います。民間は、他の施設との交流がありません。時代に即した新しいホール関連の協会の誕生が必要だろうと思います。そして、私たちが芸術育成発展のため、地域振興のためにどのようなことができるか、もっと高い次元で語りあえると良いと思います。

Q これまでは補助金によって、公共ホールを堕落させてきました。補助金があると知恵を出さなくなり、そして働かなくなる。一度、厳しい道を通って、正しい補助金の活用を考えなければ、国民から見捨てられます。先日、新聞の投書欄に「役所が無駄遣いするほどお金が余っているならば、税金を少なくしろ」と、15歳の少年の声が掲載されていました。公共ホールは、そこから出直す時代が到来したようですね。
ありがとうございました。

 
津田ホールは、490席のコンサートホールで、癖の無い素直な残響特性が好評である。ホールは3階にあり、2階に楽屋とリハーサル室、4階に調整室がある。1階には会議室が大小4室ある。このすべてを5人のスタッフで運営していて、ホールの稼働率は65%、会議室は52%の安全経営。
地階は、一般向けのレストラン「ユーハイム」があり、ホールや会議室の利用者へのサービスもしている。
津田英語会等と同一敷地内にあり、周辺はいつも賑わっている。前の道路や英語会の周囲では、頻繁にテレビドラマの撮影が行われている。(取材:八板賢二郎)