[1989年6月 機関誌「音響」56号]

音人類素語録

強い音響家、魅力ある音響界に

日本音響家協会会長  八板賢二郎

聞き手:安村 正人


JASTが創立10周年を祝ってから、早二年が経過した。いまさらいうまでもなが、時代は目まぐるしく進んでいる。その流れを見据えてよりよい「音響」の世界を拓いていく上で、JASTが果たすべき役割はいよいよ大きくなって来るだろう。いまここでもう一度、活動の原点を振り返るのも無意味なことではあるまい。
今回は、節目をむかえたJASTの軌跡と展望を八板会長に語ってもらった。

(*この頃の協会の英語名は「Japan Association of Sound Technology」でした)

 

一人ひとりが強い音響家に

──JASTも創立から12年が経過しました。これからの活動の方向性はどのようになるのでしようか。

八板:これまでは外に向かっての活動も、内側の活動も、両方やってきましたけど、一つの方向が見えたところで、これからは会員がもっと成長するための事業を企画したいと考えています。一つの大きなテーマとしては、よく音響家の地位向上なんてことを簡単にいうけども、それ以前に一人一人の技術とか、感性をもっと磨いておく必要があるんじゃないかと思いますね。そのために、もう一度基礎から体系的に、さすがに講習会を受けた人は違うと、変わったといわれるような、そういう強力な講習会を音響家技能開発委員会で企画しています。さっそく今年度から取り掛かりたいと考えています。

ですから一般公開のセミナ一はターゲットを絞って、「我々だけの話を抜け出そう」というテーマのもとに開催します。それと同時に会員がもっと強い音響家というのかな、弱い者がいつも愚痴を言っているんじゃなくて、もっと強くなって結束して、音響家の立場をもっと良くしよう、いい生活をしようというのと、もう一つ、夢のある業界にして若手がどんどん入ってくるようにしていきたいです。そういう活動を仕掛けていこうと考えています。

 

同じ次元で話し合おう

——いろいろな音響関連団体が、大体同じような時期にスタ一卜しました。時を経て団体ごとのスタイルと役割分担が、自然にでき上がってきているようです。特にJASTの場合、個人会員ということが、大きな特色といえますが、それは同時に、事業を行うときにはハンディともなります。あえて個人会員のみとしていることの意義について。

八板:会員はいろんな企業の代表では困るということです。それぞれの企業の中では、社長であるとかの役職がありますけども、それはそれぞれの会社の問題であって、協会の場ではそれをすべて捨ててほしい。音響のデザインをする人間、それからオペレ一タの人たち、その人たちが使う機械を作る人、設計する人、そういう人がみんな同じ次元で、話し合いたいです。そこに、個人会員という考えが根本にありますし、会社を辞めても個人的には音響家の立場は変わらないわけです。だから賛助会員というのも作らなかったということです。

 

若い人たちの姿に期待

——確かにJASTでは本音の話が聞けるという感じがありますね。例えばあるホールの具合が悪いという話になったときに、実際に使っている人、施工をした人、設計をした人が一諸になって、どうしてそうなったのか、どうしたらいいのかという話が素直に聞けるので、余計な回り道をしなくて済んでいるという印象を何回も受けています。

八板:そのとおりですね。もうひとつ、若い人達が一生懸命頑張っているというのが見えてくる。このあいだも、技術発表会に松山市から若い会員が発表に来てくれたでしょ。非常に頼もしいというか、清々しくもあり、ああいう人たちが松山にもいるということで、もう東京がすべてじゃなくてね、地方の人たちが中央にどんどん進出していいだろうと思うんです。
例えばコンサートのツアーにしたって、各地にいい音響家がいれば、その人たちが音響デザインをやるべきであって、そういうネットワークがもっと巧くできてくるんじゃないかという気がしますね。

 

ポリシーを持った人が欲しい

——会員数が現在350人前後で、ほかの団体と比べて決して多いほうではないですが、その辺はいかがですか。

八板:これも発足当時から、あえて勧誘は止めようというのが原則だったんです。勧誘をすると義理などで入会して、翌年に会費滞納者が出るというのは、目に見えてわかるわけですね。そういう無意味なことは止めようと。

嫌々入ってくる人が、それが例えば千人いようが、ニ千人いようが、協会としては、動きが鈍くなるだけです。やはり動ける人、ポリシーをしっかり持った人が入会してくれれば、数は少なくても日本の音響界の流れをいい方向に持っていける力になれると考えています。

——入会時のレポー卜提出も、JASTの大きな特徴ですね。

八板:創立したある時期からレポ一卜提出という制度ができました。これは、先程申した義理などで無理した入会を防止するために考えたんです。その結果、それ以降入会した人は、退会や会費の滞納が全くないという状熊になりました。

それからレポ一卜を出して会員になるということは、期日までにレポートを出すという約束を守れる人、ということの査定であって、レポートの内容の良否を審査することが目的ではないのです。
また、自分の考え方を文章にできる人たち、つまり自分の考えを持った人たちに会員になって欲しいという願いもレポ一卜提出に含まれています、それはふるいで落とすということが目的ではなくて、会員として、長続きして一緒にやっていける人であって欲しいということなのですね。

 

自分の値打ちをアピールする

——たしかに、音をやっている人は、どちらかというと口下手であったり、書き下手であったりする人が多いですが、音響家が文章を書く力を持っことの意義は何でしょうか。

八板:音響の人たちは、聴覚に訴える仕事をしているせいか、自分の意見を述べるということが、あまり得意ではないようですね。それでは、素晴らしい考えを持っていても、相手に伝わらないです。伝わらなければ認められないのであって、やはり、そういうことをどこかで卜レーニングしていかないと、音響デザイナとしては成り立たないと思うのです。

たとえば、音響デザイナが、オペレータに、自分の考えはこうだから、こういうふうに音を作って下さいとか、巧く伝えられれば自分がフエーダを握らなくても、自分の音を創れることになります。

それから、音響デザイナからオペレータに対しては、互いに同じ世界の技術屋だから言葉は通じますよね。ところが、これが第三者、演出家とかプロデューサに説明するときに、きっと音響技術者はうまく説明できないのではないかと思いますね。また、機器設計などの入たちは、素人に説明するときに専門用語を使い過ぎて、専門用語でごまかしているのではという苦情が、劇場のオーナなどから出るんですね。

ですから、素人でも分かるように説明、分かるように解説できる能力をみんな持って欲しいのです。それには、自分が本当にその件を把握していないと、相手
を説明することはできないということですね。

——そうですよね。

八板:そこで、演出家とかプロデュ一サを説得できないような音響家が、果たして不特定多数の観客を納得させられる音が作れるかというと、無理だと思います。

やはり、文章が書けて、その文章は説得力がなければ、自分の値打をアピールでないでしょ。それは自分のギャランティ一にも反映されると考えなければいけないと思うのです。

 

オペレータがデザインを拡張

——デザイナがプランを創り、それを別の人がオペレーションする場合、オペレータの腕前が良くなければ、デザインそのものの評価が落ちてしまうということがあると思いますが。

八板:確かにそれはあります。しかし、デザイナとしての経験を積むと、どんなオペレータが来ても、違った考えのオペレータが付いても、自分の音が創れるようになってきます。

また、この作品はこのオペレータにしようと、別の演出のときにはこっちのオペレータをと、いろんな人にお願いすることですね。それも一つのプランニングであると思います。いつも同じ人ならば楽ですか、世界が広がらない。
演出の蜷川さんは、同じデザイナを3回続けて使わないと言う話を聞いたことがありますが。

自分でデザインをして、自分でオペレーションするというのは自分の考えをそのまま表現できていいと思いますが、実は、自分のデザインを誰か他の人がやると、もっと良くなることがあるのです。お互いの感性と感性がカップリングして、1+1が3以上になることだってあるのですから、そのように仕向けるのもデザイナのテクニックです。

 

ホールはポリシーを持て

——ホールの設備を作る人が音響創造の現場を知らない、とよく問題にされますが、そのギャップをどう埋めていったら良いでしようか。

八板:そもそも誰もが満足する音響システムとか音響設備というのは、永遠に完成しないと思うのです。なぜかというとプロフェッショナルというのは、プロフェッショナル•ジェラシ一というのがあって、絶対に他人のやったモノを認めようとはしないのです。これは歯医者さんでも、植木屋さんでも、人が作ったモノを根底から否定する人が多いです。実は、そこから物事を考えていくのが、プロの通念ですね。そう考えていくとね、そこのホ一ルを実際に運営する人が設計から参加していかないと駄目だと思います。

ですから、どこかの専門家や演劇関係の大御所を連れてきて設計したとしても、
その人がそのホールを使わないのだったら、まったく意味がなくて、開場して別の流儀の人がやってきて、これは俺には使えないぞという話になるんですね。こういうやり方は非常におかしいと私は思いますね。

——それは、設計者、施工者の舞台に対する理解という話以前に、設計のプロセスそのものを変えなくてはいけないということですね。

八板:そういうことです。そのホ一ルを作るオーナ一が、どんなホ一ルにするのかしっかりとしたポリシーを持っているのか、というのが問題です。特に音響となると、そのようなポリシーがまったく考えられていないというのが現状ではないでしょうか。

——それでは、設計者や施工者に演出の現場をもっと知ってもらうということについては?

八板:それはもう充分知っていてもらった方がいいですね。そして知れば知るほど「これは、俺たちが勝手に作ってはいけないな」と考えるだろうし、その恐さが分かってくるでしょうね。
 今までは多目的ホ一ルが中心で、誰もがあれは「無目的」だと言って、流行語のようになっていたけれど、そこに逃げ道を考えてしまっています。

ところが、これからは専門ホ一ルが主流になって来て、そこに音響のアドバイザとして、音響デザイナが入ってきたときに、もう言い訳は利かなくなります。実際に演劇やコンサートをやったとき、設計者には大変な責任があるということを自覚していないと、末代まで恥をかくことになるのではないかと思います。

 

会員の総意として

——これまで、お互いの溝を埋めていくという過程で、セミナ—や音響誌の特集など、JASTの果たしてきた役割は大きかったと思います。同じことを説明するのでも、個人としてよりも、全国の音響家の意見として提示した方が、説得力があります。

八板:おっしゃるとおりです。今後は、もっとそういうケースが出てくるでしょう。例えば、機関誌の55号のように音響調整室の特集をやると、調整室なんてそう簡単に、誰でも設計できるようなものではないというのが、歴然と分かるわけです。この調整室はどういう演目のために使われるのかを明確にしておかないと、それがガラス張りであった方がいい場合もあるわけですね。

オープンであった方がいい場合もあるし、観客席の真ん中の方がいい場合もあります。いろんな状況があるわけで、それは決して一つではない。そして音響家がそこで長いこと生活して、人生の中で一番長い時間いる部屋ですから、もっと真剣に考えていいのではないでしょうか。

こういうことを突き詰めていくと、このホールの音が良いとか悪いとか、この製品は良いとか悪いとか、設備を作った施工会社が良いとか悪いとかを、騒いでいても始まらない問題なのですね。
問題はもっと違うところにあると思うのです。

我々の仲間だけではなくて、建築家や音楽家、演奏家とか、そういう人たちに、我々の立場と我々の考えていることを協会としてまとめて、会員の総意として述べていく活動が、これからも必要です。それができたときに、協会の存在価値が理解されます。

 

予算よりも企画力

——会員数が少ないと、財政面でもおのずと制限が出てきます。幸いこれまでJASTは財政的には、うまくやって来られているようですが、その辺の秘訣は?

八板:会費は、年6千円いただいていますけど、微々たるものです。予算が無いか
らできないということを、いろいろなところで聞きますけども、僕は予算が無いからではなくて、やはり企画力の問題だと思うんです。それから、お金をもらわないで、協会の運営委員などをやることを、「ボランティアでやっていますから」という人がよくいるけれども、ボランティアであったらよくないと思うんです。

それはなぜかというと、会員がいつもは音響のことしか考えないけれども、実はチラシを作ったり、発送をしたり、チラシにはどんなコピーを書けば人が集まるだろうかとか、そういうことをすることで音響だけでなく、もっと広い世界の勉強になっていると思うんですね。

そういう場を与えられ、いままでやったことの無いことをやるという経験が、実は不特定多数の観客に、夢を売る仕事としては大切なことであって、そのためにはお金を払ってでも学ぶべきではないかと思うんです。

——そうですね。若林前会長も、同じようなことを言われていました。

八板:ですから、微々たる予算でこれだけのものを毎年やっているということ、これはね、運営委員や専門委員をやっている人たちの企画力とパワーだと思います。

——今の話のようにまず何をやるのかということからスタ一卜すれば、地方で一人しか会員がいないようなところでも、JASTの名称を使って、事業が行えるという可能性がありますね。

八板:そうです。そういう所へ行ってセミナ一をやってもいいんです。それは東京だけでなく、九州や北海道でやって貰いたいが、お膳立てをしてくれる会員がそこにいてくれるかどうかなんです。企画を立て、リーダーシップをとって運営してくれる、そういう人がいればそこにみんなが結集すればいいんです。これからはそういうことが、もっと展開されるのではないでしようか。

 

会員を一人も取りこぼさない

——資格認定制度に付いてお考えは。

八板:資格はあった方がいいですが、それによって、資格を持った人の立場がどうなっていくのか、それがはっきり見えないと、あっても意味がないですね。
特に我々の技術というのは、認定されたから良い音がでるのかというと、そういうものでもないですからね。
ただ、ホールの管理者とか、委託業者とか、自分の感性というよりも、マニュアルにしたがって設備を維持していくような職種の場合には、資格によって身分が保障されたり、安全が確保されたりという意味で、どんどん進めていいと思います。

私たちは、お墨付がなくても、さすがJASTの講習会を受けた人は違う、マイクケーブルの引き方を見ても違うのだと言われる実績を積み上げていく、その修了証が資格代わりでしよう。それも、時代はどんどん進んでいくから、5年経ったらまた講習を受けるとか、そういうことを繰り返していくということですね。

そして、JASTでそれをやるんだったら、全員がその資格を得ないと、会員とは言えないというところまでいかないといけないと思います。一人だって、会員を取りこぼしてはいけない。全員がそうなれるように何度でも育成していく、そうありたいてすね。

——そういう体制であれば、地方でたった一人の会員であったとしても、会員であることの意義があるし、個人会員制の意味がでてきますね。

八板:そのとおりです。この業界に若い人がいないという声を最近よく聞きますが、そのためには魅力のある職場にしていくことです。愚痴を言っていたのでは誰も来ません。楽しい、夢のある仕事というのが第一の目標ですけが、次は生活です。生活の保障をきちんとしないといけないので、そのためには高い報酬をもらうことを、みんなで研究しようということですね。それも、あくせく働かなくてもいい、もっと余裕も持って、休みの日にはコンサ一卜に行ったり、映画を観に行ったり、美術館へ行ったりする時間を持てること。そして、それが先だと思うのです。 そうしているから、ちゃんとした報酬をもらえる音響家になれるのであって、ニワ卜リが先か、卵が先かみたいですけれど、そういうふうに努力をしてもらいたいです。

下積みは経験していいんです。5年でも下積みはしていいんだけれども、その後には必ず、良いところへ、努力すればいけるんだということを、世の中に見せてあげないとね。そうでないと、若い人はこの業界に来ませんよ。だから、『いい環境でいい音を!』というスローガンは、我々の生活環境も、また職場の音響環境も良いところで、良い音を創ろう、というのがメッセージになっているのです。■

 

この1年後に音響家技能認定講座の基となる「技能開発講座」と「音響技術者報酬基準作成」を開始しました。