[1981年9月 機関誌「音響」25号]

帝国劇場•東宝ミュージカル
「スウィーニー•トッド」の音響


 アイドル歌手に「あなたの夢は?」とたずねると、決まって「ミュージカルをやることです」と答えが返ってくる時代があった。ボーカルマイクをなめるようにして囁き唄う彼女等から、この言葉を聞いて唖然とするのは劇場の音響家たちだけであろうか。
 日本にはミュージカルが定着しないのだろうかなどと時々思ったものだが、最近になってそのようなこともなくなってきた。
 現在、大劇場における本物のミュージカルは帝国劇場が主流と言ってよいだろうが、7月〜8月の2か月の公演で14万人の観客を動員させた、鈴木忠志演出による市川染五郎(現・松本幸四郎)主演のブロードウェイ・ミュージカル「スウィ一ニー•トッド」の舞台裏を取材してみた。

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演出の鈴木氏は早稲田小劇場の主宰者で、大劇場による商業演劇は利益を第一として客にこびる芝居と決めつけ、大劇場で行われるある劇団の公演を『ヨーロッパ風の演技は学芸会そのままだと言ってよい』と斬り捨てている。大企業のスポンサ一に頼りきって、おまけに音楽はテープ再生といった劇団や劇場にとっては耳の痛いところである。
新しい商業演劇を求める東宝の考え方と共鳴することができた上での鈴木氏のこの演出は、一見の価値があるというところだろう。ここではその論評は割愛するが、稽古は手厳しく3日目には、台詞の覚えの悪い俳優に灰皿を投げつけたという噂話もあったほどである。
7月14日、夜公演の準備中に、この公演のプロダクション•スタッフとして音響を担当された依田征夫氏を訪ねて、苦労話などを伺ってきた。

古くから商業劇場というと、使用できるワイヤレスマイクの本数に限りがあることから、俳優にとってワイヤレスマイクを持たせてもらうことがスタ一としてのバロメータということだけに、ワイヤレスマイクを奪い合うという風習があったが、帝劇では長い歳月をかけて必要性の順位で、つまり演出上の必要性に応じて使用するという本来の方向で、俳優に納得してもらっているという。それにより、マイクのローテーションもスム一ズになったということだ。それでも、今回の公演ではどんなに切りつめても、14本のワイヤレスマイクを使用しなければならなくなったという。「演劇では、どんなことがあっても、大事な台詞は絶対に聴かせなければならない」とは、大劇場音響の必須条件である。

本来は、俳優の豊かな声量とすばらしい建築音響とが相まって、電気音響など必要ないはずだが、その両者も満たされない条件下で苦労するのは現場の音響家ばかりのようだ。

この劇場の残響時間は、必要以上に短く、音がやせて聞こえるし、観客と俳優との融合がしにくいようだ。だから、客は冷静に芝居を見ているといった感じがある。「この小屋は、俳優、演奏者の上手(じょうず)、下手(へた)が明確にわかるので、出演者はたいへんなのです」とは依田氏の言。

この公演では、演出家と劇場側との音の大きさについての意見が対立し、音響担当者が板ばさみになったという。しかし、この建築音響条件では予想以上に電気音響の助けを借りなければならないだろう。

ところで、音響関係の仕込みは、ワイヤレスマイク14本の他に、オ一ケストラピットの上に張り出したステージ前面にフットマイクが7本仕込まれている。その他に舞台中央に吊りマイクが8本、俳優の頭上に降りてくる。
コーラス等はこれらの仕込みマイクで収音している。この他にガンマイクやオーケストラ用マイクを入れると60本以上のマイク数になってしまう。

これらのマイクは歌謡ショーとは違って、ワイヤレスマイクばかりでなく、すべてのマイクが俳優の動き、曲想によって、絶えずコントロ一ルされるといった、きめこまかな調整がなされている。つまり、俳優が後ろを向いたときは、少しレベルを下げて音量の差をつける。また台詞は生に近いレベルにして、歌になる少し前から徐々にレベルを上げて行き、唄になると規定レベルになるように調整するなど、違和感のないミクシングテクニックが行われている。音響心理を心得たミクシングである。それだけにオペレータのロ一テ一ションを組むのもたいへんで、公休のための引き継ぎには数日を要するそうだ。これらをすべて、一人で操作するエンジニアを見ていると、ミクサ一室はまさに戦場のような熱気だ。オープニングから力一テンコ一ルまで、緊張の連続なのである。
プロセニアムスピーカの前に大きな舞台装置が吊られてしまって、2階での音量がやや衰えるため、ディレイマシンを用い、時間を遅らせて天井スピーカからもSRしている。
全体の音量は、演出家の意図で、通常より大きいが、オ一プニングの工場のサイレンに驚ろかされるくらいで、5分もすれば音の方向感など気にならなくなってしまった。芝居全体と音のアンサンブルが良いからだ。

音響室は5階の天井裏にあり、舞台ははるか遠くに見える。「音響設備が古い(開場時のもの)もので、調整卓など、それぞれのフェーダにイコライザもないものですが、サブミクサ一を積み重ねて、うまく使いこなしています。」とのこと。
ミクサ一室はジャングルのようにパッチングコ一ドが入り乱れていて、関係者以外は立入るのが怖いといった感。これでは、すべてのパッチングをだれもが理解しておかないと、トラブルのときはたいへんだ。
ここでは、音響機器が満足でないからなどの言訳など通用しないのである。最低限の設備で最大の効果を上げることが要求されているのだ。最近の音響関係者が、どんどんオーディオマニア化されていく中、プロの厳しさを再認識させられた。

最後に依田氏は「生の音がよく響き、演技も演奏もよく、それがベースとなって、できれば生で満足できるような劇場があれば最もよいのですが・・・それにしても電気音響は補助的に使用する程度のもので済むような劇場はできないものでしょうか。そんな劇場を私は理想としているのですが。」と述べておられた。

この公演のプログラムに『今回、商業演劇(私は新劇でも能でも、入場料をとる演劇はすべて商業演劇だと思ってはいるが)といわれる世界に携わってみて、外からではわからないいろいろなことを経験して、たいへん勉強になった。俳優、スタッフともども、一生懸命協力していただき、楽しかったし、感謝している。ただ一言、日本にミュージカルを根づかせようとするなら、商業演劇界は舞台俳優というもののあり方や、音楽というもののあり方を、もう少し検討してみる余地があるのではないかと感じられたことを付け加えておきたい』という演出家の言葉が印象的であった。■